金田一耕助の事件簿003
すべてが緻密な設計図のもとに
「獄門島」（横溝正史）角川文庫
月代･雪枝･花子の
鬼頭家の三人娘のうち、
二人までが殺害された。
花子は梅の木に逆さづりにされ、
雪枝は釣り鐘の下に伏せられ、
その遺体は謎めいた
晒され方をしていた。
島に逃げ込んだ海賊の捜索が
決行された夜、残る月代が…。
金田一耕助最大の事件｢獄門島｣。
この年末年始、ミステリ、それも
横溝正史がらみのものを
読み続けてしまいました。
金田一耕助のモデルとなった
ギリンガムの魅力が詰まった
A.A.ミルン
｢赤屋敷殺人事件｣(横溝正史翻訳版)、
金田一の風貌によく似た
賀川仁吾の登場する長篇家庭小説
｢雪割草｣(こちらは横溝の
まぼろしの作品といわれていた)、
加えてその｢雪割草｣と
本作品｢獄門島｣を素材とした
｢ビブリア古書堂の事件手帳Ⅱ｣、
さらには金田一のデビュー作の
｢本陣殺人事件｣と本作品の間に
挟まれた事件
｢百日紅の下にて｣を読んだのです。
当然｢獄門島｣を読みたくなり、
3年ぶりの再読となった次第です。
【事件簿File-003｢獄門島｣】
〔事件発生〕
昭和21年9月(岡山県･獄門島)
〔依頼人〕
鬼頭千万太
…復員船で死亡した金田一の戦友。
鬼頭家の跡取りになるはずだった。
金田一に三人の妹の保護を依頼。
〔捜査関係者〕
清水巡査
…獄門島駐在。
金田一のことは知らない。
磯川警部
…岡山県警警部。戦前の
本陣殺人事件で金田一と知り合う。
〔事件関係者〕
鬼頭嘉右衛門
…本鬼頭先代。故人。
島の大きな権力者だった。
勝野
…嘉右衛門の妾。現在も鬼頭家に住む。
鬼頭与三松
…嘉右衛門の息子。精神疾患を患う。
座敷牢で生活。
お小夜
…与三松が惚れて妾にした女役者。
故人。
鬼頭月代･雪枝･花子
…与三松とお小夜の娘。
千万太の異母妹。殺害される。
鬼頭一
…千万太の従弟。両親は既に他界。
近々復員予定。
鬼頭早苗
…一の妹。千万太の従妹。
竹蔵
…潮つくりの名人。
本鬼頭に出入りしている。
了然
…千光寺和尚。
島では網元以上に尊敬される存在。
了沢
…了然の弟子の若い僧。
無愛想だが根は親切。
荒木真喜平
…獄門島村長。
村瀬幸庵
…獄門島漢方医。
鬼頭儀兵衛
…分鬼頭当主。本鬼頭と対立。
鬼頭志保
…儀兵衛の後妻。潰れた網元･巴屋の娘。
鵜飼章三
…分鬼頭に居候する美男子。復員軍人。
清公…床屋の親方。
本作品の味わいどころ①
俳句に擬えた、見立て殺人の妙
何といっても本作品の面白さは
三人の娘たちが毎晩次々に殺害され、
その遺体が奇妙な状態で
発見されることなのです。
終盤に明らかにされるのですが、
それは屏風に附された
三枚の俳句に擬えたものだったのです。
その三句とは、以下の通りです。
鶯の身をさかさまに初音かな
（宝井其角）
むざんやな冑の下のきりぎりす
（松尾芭蕉）
一つ家に遊女も寝たり萩と月
（松尾芭蕉）
おそらく
｢見立て殺人｣の事件を創りたいという
横溝の方針があったのでしょう。
そしてそれに見合った俳句を
横溝は丹念に探し出し、
その描写とトリックを
考えていったのでしょう。
横溝の想像力の豊かさを
改めて思い知らされます。
本作品の味わいどころ②
殺されなければならない筋書き
金田一が事件を未然に
防げなかったという点をとらえて、
名探偵無能論が囁かれることも
巷ではよくあります。
しかし逆に考えると、
優秀な探偵であっても防げないような
緻密な設定が
そこここに鏤められているのです。
最初に殺害された花子の件では
殺されることは
予見できなかったでしょうが、
二番目の雪枝の場合は、
金田一を強引に拘留させ、
関与できないようにして
事件を引き起こさせています。
しかもその二つの事件に
トリックを使用、
犯人像を絞り込むことを
困難にしているのです。
その上で、最後の月代殺害については、
警察官4名で周囲を警戒させている
鬼頭家敷地内で事件を発生させ、
誰であっても事件を防げない状況を
創り出しているのです。
｢三人の娘が
殺されなければならない｣という状況、
そして
｢金田一は決して
無能な探偵ではない｣こと、
この相反する二つを見事に成り立たせた
横溝の構成力の高さに
ただただ感心するばかりです。
本作品の味わいどころ③
全員何らかの形で事件に関わる
そしてそれを成り立たせているのは
多彩な登場人物たちです。
登場人物のほとんどは、
事件を謎めいたものにするのに
一役買っています。
本鬼頭と対立する分鬼頭の存在は
いかにも何かが起きそうな予感を
読み手に感じさせます。
中でも儀兵衛の登場を抑え、
怪しくも妖しいその妻･志保を
前面に押し出し、
加えてその居候として
こちらも妖しい美少年･鵜飼にも
立ち回りをさせ、
この二人の怪しさを持って、読み手の
目くらましを行っているのです。
それだけではなく本鬼頭内でも、
父親で精神異常の与三松が
座敷牢を抜け出した可能性を
つくるとともに、
早苗にも何かを隠蔽させ、
身内でさえも妖しいと思わせる設定を
創り上げているのです。
党内に逃げ込んだ海賊も、
読み手を困惑させる一つとして
機能しているのです。
すべてが緻密な設計図のもとに、
網の目のように組み合わさり
絡み合っているのです。
この緻密さこそ、
本作品の魅力なのです。
改めて読んで驚きました。
読み飽きるどころか、
作品の魅力に次から次へと
気づかされていくのです。
再読を重ねるごとに魅力が増す、
これこそが名作の条件であり、
純文学でも探偵小説でも
それは同じなのです。
｢ミステリなど読まない｣と
思っているあなた、そして
｢時代遅れの横溝なんて｣と
思っているあなた、
騙されたと思って本作品を
ご一読ください。
｢名作｣を味わえます。
※過去、本作品は
何度も映像化されましたが、
三人娘の遺体描写には
幻滅させられます。
読んで脳内に再現する方が、
迫力があるのです。
それほど横溝の小説には
力があるのです。
本作品の映像化は難しい(もしくは
不可能)と言わざるを得ません。
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